@book{oai:kanagawa-u.repo.nii.ac.jp:00009751, author = {小島, 摩文 and Kojima, Mabumi}, month = {Mar}, note = {本論では、アチックフィルムの内、日本ではじめての学際的共同調査といわれている薩南十島調査の記録映像である『十嶋鴻爪』について、民具学の立場から考察を行う。 主に3つのことについて考えた。1つ目は、「民具」という術語についてである。従来、昭和10年 1935)の「アチック根元記(一)」が「民具」の初出と言われてきたが、アチックフィルム『十嶋鴻爪』の「民具」という字幕での使用例がそれよりも早い可能性があるとともに、薩南十島調査の報告である高橋文太郎の「奄美十島及大島に於る民具」が活字としては「民具」の初出である可能性について論じた。薩南十島調査は、日本で初めての学際的共同調査であると同時に「民具」という術語が生まれた調査でもあったことを論証した。 2つ目は、調査団を迎える島々の浜に作られた杉の葉で覆われた緑門から、なぜ鹿児島県十島村が調査地に選ばれたかについて、鹿児島県側の事情から考えてみる。キーパーソンは永井龍一。鹿児島県の教員で、大島郡視学もつとめた教育行政のエリートだ。民俗学にも興味を持ちアチックミューゼアムや柳田国男とも親交があった。その永井の十島村へ対する思いが、アチックミューゼアムによる共同調査を実現させたことを論証した。 3つ目に、薩南十島調査に関連する報告書、随想などで、調査参加者があまりふれていない民具について取り上げた。具体的には、「ぎっちょ」、「四半手拭」である。ギッチョは左利きや、不器用で在るようすなどをあらわしており、縄綯器や唐竿の方言名になっている。四半手拭は、をなり信仰の作法として姉妹から男性に贈られる手拭のことをいっている。この習慣は民間でも盛んに行われるが、女兄弟が、男兄弟をたすけるという信仰は皇室のあり方(具体的には斎宮と天皇の関係)も含めさまざまな問題提起をしている。 最後に、全体のまとめとして天皇と映像について考えた。行幸の折に触れて天皇は地方の人々の暮らしを記録した映像をみてきた。天皇と映像について民俗学・民具学の視点からその効用について論じた。, Article}, publisher = {神奈川大学 国際常民文化研究機構}, title = {12 アチックフィルムにみる民具}, volume = {10}, year = {2015} }