@book{oai:kanagawa-u.repo.nii.ac.jp:00009692, author = {笹原, 亮二 and Sasahara, Ryoji}, month = {Oct}, note = {全国各地には、昔から地域の人々によって演じられてきた神楽や獅子舞や盆踊といった芸能が伝わる。研究者はこうした芸能を「民俗芸能」と呼んで関心を寄せ、神霊を祀る信仰や神事や祭と不可分なかたちで行われてきた「祭祀芸能」とする理解を示してきた。愛知県と長野県と静岡県が接する奥三河地方に伝わる花祭も例外ではない。花祭は、早川孝太郎、折口信夫、本田安次、武井正弘ら多くの研究者によって調査研究が進められ、祭祀芸能として議論が重ねられてきた。花祭は、湯釜を設けた祭場を中心に様々な儀礼的行事や舞が夜を徹して演じられることから、基本的には湯釜で沸かした湯を神霊に献上すると共に、湯によって参集した人々を浄める湯立神楽とされてきた。しかし、花祭の実際の様相を見ると、湯立の祭祀に止まらない多種多様な行事や舞が延々と繰り広げられ、単なる湯立神楽とするには違和感を覚える。花祭がそうした複雑な内容構成を持つに至ったのは、それが経てきた歴史と深く関わっている。花祭は、その時々の宗教や信仰の盛衰、地域内外との交流交渉、地域内外の社会状況の変化などの影響を受けて、様々なかたちで不断の変化を来しつつ今日に至った歴史的存在である。そうなると、花祭を湯立神楽、延年、修験道の儀礼といった、過去のある時期に存在したと想定される姿に還元して理解したとしても、必ずしも十分とはいえなくなる。祭祀性についても同様に考えることができる。花祭が、明治以降、儀礼的行事の廃止や形骸化といった大きな変化を蒙った後も、一定の祭祀性が認められる鬼の舞や湯囃しの舞や願主の舞が演じられてきたことを考えると、固定的な形式としての構造化や理論化を逸らず、歴史の中で不断の変化の過程にある祭祀性として、先ずは実態の具体的で精確な理解を目指していくことが重要となってくる。, Article}, publisher = {神奈川大学 国際常民文化研究機構}, title = {17 民俗芸能と祭祀 -中在家の花祭の現場を巡って-}, volume = {7}, year = {2014} }