@book{oai:kanagawa-u.repo.nii.ac.jp:00009635, author = {金, 広植 and Kim, Kwang-sik}, month = {Mar}, note = {本稿は朝鮮民俗学会の成り立ちとその活動を実証的に考察したものである。1932 年4 月に朝鮮民俗学会が成立してから80 年が過ぎた。1990 年代半ばまでの先行研究は、秋 葉隆・今村鞆などの日本人民俗学者と孫晋泰(1900 ~ 1960 年代中半)・宋錫 夏(1904 ~1948)などの朝鮮人民俗学者の差異点だけを強調してきた側面が根強い。近年、 全京秀・南根祐などの実証的な研究によって、図式的な二分法を乗り越え、朝鮮民俗学会の実 体を解明しようとする作業が進められている。本稿はまず、これまでの先行研究を検討し て、近年の成果に学び、これまでは検討されなかった1930 年以降の新聞・雑誌記事を具 体的に分析した。その作業を通して「宋錫夏著作目録」を作成し、それに基づいて宋錫夏 の業績と学会活動を考察した。  朝鮮民俗学会は機関誌『朝鮮民俗』一号を1933 年に、二号を1934 年に刊行してか ら、1940 年に宋に代わり、秋葉隆の編輯による「今村鞆古稀記念」三号を出すのみで、 1945 年の解放まで全ての活動が中断されたという言説が主流となっている。それに対し て本稿では、出来る限り朝鮮民俗学会および会員の活動を取り上げた。1930 年代の新聞 と雑誌記事を比較分析して、発起人、学会会員および学会活動を浮き彫りにした。特に、 1939 年を中心に朝鮮民俗学会員が『観光朝鮮』に民俗学関連論考を掲載したことを明ら かにした。1937 年5 月、朝鮮民俗学会主催の「第1 回朝鮮郷土舞踊民謡大会」などの宋 の実践を考慮しても、先行研究の1930 年代半ば以降の中断説は、見直さなければならな い。  先行研究では、宋と孫の実践を民族主義的な立場から高く評価するのが主流になってい るが、近年それに関する政治的なコンテキストに対する批判がなされた。今後は、宋と孫 の肯定・批判を乗り越えて、彼らが目指した朝鮮民俗振興論と、他の朝鮮人および村山智 順などの日本人学者が目指した言説の共通点と差異点に関する具体的な検討が求められ る。, Article}, publisher = {神奈川大学 国際常民文化研究機構}, title = {08 朝鮮民俗学会の成立とその活動}, year = {2013} }