@article{oai:kanagawa-u.repo.nii.ac.jp:00009534, author = {中居, 裕 and Nakai, Yutaka}, journal = {神奈川大学 国際常民文化研究機構 年報}, month = {Sep}, note = {スルメは、昭和20年代において最も生産量の多かった水産加工品のひとつであり、かつ当代における水産物の代表的な輸出品であった。スルメの輸出は、管理貿易解除後の昭和25年から30年頃にかけて隆盛を極めたが、その契機となったのが①経済統制と管理貿易の解除、②イカの豊漁、③朝鮮戦争の勃発による香港市場における南北朝鮮産スルメの輸入途絶、④朝鮮景気による需要拡大、であった。そうしたスルメの輸出仕向地となっていたのは、戦前期までの最大の輸出市場であった中国市場の喪失に伴って香港・台湾・シンガポール・マライなどの東南アジア地域であった。主要輸出国4カ国のスルメ輸出全体に占める輸出比率は昭和26年から29年の平均で88%に上っていた。スルメ輸出の特徴は2点指摘される。第1は、仕向地のうち、台湾を除く香港・シンガポール・マライの3地域が中継輸出港としての性格をもつものであったことである。それは、3地域に輸出されたスルメがさらにそれらの中継輸出港から周辺地域に再輸出されていたからである。再輸出先となっていたのは、香港ではマライ・台湾・タイ・シンガポール・インドシナ・インドネシア・その他、またシンガポール及びマライでは、マライ奥地・インドネシア・フイリッピン・その他、など主に東南アジア地域であった。 第2は、スルメの輸出市場が特殊な需要に依拠したものであったことである。それは、スルメの需要が東南アジア地域に居留する中国系華僑の消費者層によって形成されていたからであり、その最終需要地が華僑の分布する東南アジア地域に広がっていたからである。 これらの特徴とも関わって、戦後のスルメ輸出は輸出先の多くが中継輸出港であったことに所以する輸出市場の狭小性と、再輸出先の状況によって左右される輸出の不安定性といった不安定要素を内在させていたのである。そうした状況とも関わってスルメ輸出は20年代の隆盛期を経て、30年代に入ると急速に衰退していった。, Article}, pages = {143--152}, title = {昭和20年代における水産物輸出に関する考察 -スルメを事例として-}, volume = {4}, year = {2013} }