@book{oai:kanagawa-u.repo.nii.ac.jp:00014165, author = {佐藤, 純一}, month = {Mar}, note = {熊野(紀伊半島南部)において、熊野水軍として活躍した安宅氏が、鎌倉時代末期から南北朝期の動乱を経て、室町・戦国期の紀伊国の複雑な政治情勢の中で、熊野水軍として、自立的に自らの領域を支配するために築いた城館群が、史跡安宅氏城館跡である。史跡安宅氏城館跡は、それぞれが固有の役割・性格を担っていた5箇所の城館跡からなる。 この史跡安宅氏城館跡を軸として、熊野における熊野水軍と呼ばれる在地の領主層と彼らが築いた城館について、おもに考古資料と文字資料を用いて、検討を進め、熊野水軍の特質について触れた。 考古資料からは、瀬戸内地方と東海地方の双方向からの視点で、それぞれ播磨型土鍋と南伊勢系土師器を取り上げ、検討した。また、文字資料からは、日置川河口部に位置する出月宮の大永三年の棟札(写)における奉加に係わる地名の分布より、安宅氏及び安宅氏城館跡の動態について読み解いた。これらの検討から、水軍領主である安宅氏の広域的な活動の一端を垣間見ることができる。 さらに、安宅氏以外の熊野水軍の城館について概述し、それぞれの水軍領主の特質と地域ごとの様相について、把握した。熊野において、「海への意識」をもった立地を持つ城館の存在を指摘し、それらは安宅氏城館跡でも確認されるものであった。 熊野水軍が築いた城館の規模・分布については、熊野三山の影響の多寡に起因すると考え、安宅氏城館跡を素材に検討したが、今後は他の熊野水軍の城館の動態の把握と比較検討を進めていかなければならない。, Book}, publisher = {神奈川大学日本常民文化研究所, Institute for the Study of Japanese Folk Culture, Kanagawa University}, title = {熊野水軍が築いた城館 -史跡安宅氏城館跡を中心に-}, volume = {29}, year = {2021} }